
現場の腕と、選ばれることは別
現場を任されていた方が独立して、自分の会社を立ち上げる。住宅・建築の業界では珍しくない話です。腕には自信がある。取引先も知っている。だから大丈夫だろう、と。今日は、私自身が同じ考えで独立して、三か月でやめた話を書いてみます。
案内を送って、一件も来なかった三か月
私は独立を三回していて、そのうち二回は続けられずにやめています。
二回目は二十九歳のときでした。当時はデザインの会社で働いていて、少しずつ作れるようになり、自信のようなものが出てきていたころです。それで独立して、ホームページ制作の仕事を自宅で始めました。
やったことは、案内を作って、良さそうな会社やお店に送ることでした。そして、待ちました。
一件も来ませんでした。三か月です。
そのとき初めて分かったのは、それまで自分のところに来ていた仕事は、会社に来ていた仕事だったということです。腕の話ではありませんでした。私という人間を、誰も知らなかった。ただそれだけのことでした。
「あの人に頼みたい」と「あの会社に頼みたい」は別
これは、建築の現場でも同じ構造だと思っています。
現場を任されていると、お施主様からも職人さんからも頼りにされます。ですが、その信頼が向いている先が、その方個人なのか、看板のほうなのかは、中にいるうちは見分けがつきません。
お施主様が安心しているのは、会社の実績を見て契約したからかもしれません。職人さんが動いてくれるのは、その会社との取引が続いているからかもしれません。どちらも本当の信頼ですが、看板を外したときに残るかどうかは別の話です。
ですから、独立を考えている方には、まずここを確かめてみることをおすすめしています。
いま来ている話は、会社に来ている話か、自分に来ている話か。
名前で呼ばれて相談が来たことがあるか。会社を離れても続く関係がいくつあるか。今そこが少なくても、能力の問題ではありません。ただ、その状態で始めると、私のように三か月かかります。だったら、勤めているうちから少しずつ増やしておけたな、というのが正直なところです。
作る時間は、独立すると減ります
もう一つ、始める前には分からなかったことを書いておきます。
独立すると、作る時間はむしろ減ります。
三回目に会社を作ったときは、打ち合わせをして、制作をして、そのうえで経理も労務も自分でやっていました。請求書を作って、支払いをして、保険の手続きをして、ハローワークにも行って。これで手一杯になり、あとから経理の方に入ってもらって、ようやく会社らしくなりました。
なぜこうなるかというと、仕事が増えたわけではないんです。会社にいたときも、請求書は発行されていたし、入金の確認も、保険の手続きも、資材の発注も、誰かがやっていました。ただ、私がやっていなかっただけです。
独立すると、その誰かがいなくなります。仕事が増えたというより、それまで見えていなかった仕事が、急に全部見えるようになる。そういう感覚でした。
現場一筋でやってこられた方ほど、ここは大きく変わります。図面を引く時間、現場に立つ時間より、見積・請求・資金繰り・段取り・人の手配のほうが長くなる。それが嫌だという話ではなく、そういうものだと知って始めるかどうかで、続き方が変わります。
信用は、会社から引き継げません
それから、会社にしてから知ったこともあります。
設立して一年ほど経ったころ、人が増えたので事務所を借りようとしました。良さそうな物件が見つかって、すぐに申し込みました。
審査に落ちました。
設立一年の会社では通らなかったのです。このとき私は、自分に社会的な信用が一切ないという現実に、初めてぶつかりました。結局、個人名義で審査し直してもらい、連帯保証人をつける条件で、ようやく借りられました。
会社員のときは、部屋も借りられるし、カードも作れる。あれは自分の信用ではなく、勤め先の信用を借りていたのだと分かりました。
お金の出方も違いました。会社を作ったときの残高は百五十万円でしたが、一か月後には百万円ほどに減っていました。売上は数万円です。一人しかいない会社でも、社会保険などで出ていくものがある。個人でやるのと、会社にするのとでは、まったく違いました。
脅かしたいわけではありません
ここまで読むと、独立するなと言われているように感じるかもしれませんが、そうではありません。
私が二回やめたのは、こういうことを知らずに始めたからだと思っています。知っていたら、違う始め方をしていました。一回目は、もっと小さく始めるべきでした。二回目は、案内を送って待つのではなく、知ってもらう手を打ち続けるべきでした。
どちらも、あとから分かったことです。ですから、先に知っていれば減らせる失敗のほうが、たぶん多いと思います。
そして、独立したほうがいいとも、やめたほうがいいとも申し上げません。それは私が決めることではないので。
ただ、もし迷っているなら、独立するかどうかを決める前に、いまの場所でやれることがまだ残っていないか。そこだけ見てみてもいいかもしれません。私が二回目のときに見落としていたのは、そこでした。



