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Journal ジャーナル
比べる基準がないと、名前は選べない
2026.09.26

比べる基準がないと、名前は選べない

店や会社に名前をつけるとき、たいていは候補を並べるところから始まります。紙に十個くらい書いて、声に出して、どれがいいかを話し合う。多数決になることもあります。

この会議は、なかなか終わりません。候補が足りないからではないと思います。

比べる基準がないと選べない

声に出した瞬間は、どれもそれなりに良く聞こえます。そのくせ、どれも決め手に欠けて見える。良し悪しを比べる基準がないので、最後は誰かの好みか、いちばん長く粘った人の案になるのだと思います。

決まったとしても、半年くらい経つと、自分でもなぜこれにしたのか説明できなくなります。お客様に由来を聞かれて、その場で考えながら答えている。そういう状態です。

コンセプトがないまま決めると起きること

基準のないまま名前だけが先に決まると、少しずつ形になって表れてきます。

まず説明が毎回変わります。聞かれるたびに違う言い方をしてしまって、自分でもどれが本当なのか分からなくなっていきます。

次にスタッフが説明できなくなります。名前の由来を知っているのは決めた人だけになって、聞かれた人は「社長が決めたので」と答えることになります。

それから、メニューが増え続けます。断る理由がないからです。良さそうな話が来るたびに足していくと、一年後には何の店か分からなくなっている。そして何の店か分からなくなると、お客様が比べるところは値段しか残りません。

断る基準は一文から出てくる

長野市の tone village に、空と風というトリミングサロンがあります。この店が自分で言っている一文は「特別な日常ではなく、穏やかでずっと続く日常を」です。二十文字ちょっとしかありません。

この店は大型犬をお受けしていません。数を増やすより、一頭ずつに時間をかけるほうを選んだからです。はじめましての日にトリミングをしないのも、同じところから来ているのだと思います。

断る基準がある、というのは、こういうことだと思っています。基準は性格の問題ではなく、一文があるかどうかの問題です。

短い一文ほど、あとで効いてくる

一文にすると、そこで使った言葉が、そのまま名前の候補になります。形は「何々ではなく、何々を」でもいいですし、「何々する時間は、何々する時間」でも書けます。

長さは二十文字から三十文字で足ります。盛り込むほど良くなりそうに見えるのですが、大事なことを並べると、現場ではどれも残りません。整った言い回しを足すと、今度は自分たちの実感から離れていきます。忙しい日に思い出せない一文は、いざという場面では使われないままになります。

言葉が出てこないときは、先週来てくださったお客様を思い浮かべてみるといいかもしれません。帰り際の表情。来たときと何が変わっていたか。そこに残っているものが、一文の材料になります。

名前はその中にある

いま挙がっている候補を、いったん横に置いてみる。そのうえで、自分の店や会社を一文にしてみる。書けた一文をもう一度読むと、名前はその中にあるんじゃないかと思います。

さっきの店でいえば、穏やかでずっと続いて、いつもそこにある。その言葉の先に、空と風という名前がありました。