八方美人になるのは、たった一人の顔がないから
ロゴも、言葉も、写真の雰囲気も、なんとなくいい感じにはなった。けれど、どこか他社と似ている。決めきれずに八方美人になっているとき、足りていないのは情報でも予算でもなく、たった一人の顔だったりします。
「幅広い層に」と考えるほど、無難になる
カフェをやるとして、「幅広い層に来てほしい」と考えていると、メニューも内装も、なんとなく無難な、どこにでもあるような感じになりがちです。
でも「平日の昼間に、一人でゆっくり本を読みたい人」を思い浮かべると、席の間隔はどうしようか、音楽はどのくらいの音量がいいかな、といったことが決められるようになります。
ブランドづくりで手が止まるのは、たいていこの状態です。選択肢が多すぎるのではなく、選ぶ基準になる一人がいない。
ターゲットは地図、ペルソナはそこに立つ一人
「ターゲットとペルソナって、何が違うんですか」とよく聞かれます。
ターゲットは、狙うお客さんの層です。30代の女性で、都市部に住んでいて、共働きで、といった属性で区切ったグループ。地図の上で、どのあたりを狙うか場所を決めるようなものです。これはこれで必要で、全員に向けてというのは現実的ではありません。
ただ、地図だけでは顔が見えない。「30代女性、共働き」と言われても、その人が今日どんな一日を過ごして、何にほっとして、何にもやもやしているのかは見えてこない。人の心を動かす言葉は、その顔のところから生まれます。
ペルソナは、その地図の中に立っているたった一人です。名前をつけて、どんな仕事をしていて、朝は何時に起きて、休みの日は何をしていて、最近どんなことに悩んでいて、というところまで描いていく。
平均に寄せるとぼやける
ここで勘違いされやすいのが、ペルソナは「平均的な人」ではないということです。むしろ逆で、思いっきり具体的な一人にしていきます。
「30代の平均的な女性」と言われても、なかなか顔は浮かびません。いろんな人をならして真ん中を取った、のっぺりした像だからです。でも「2駅先のマンションに住んでいて、2歳の子どもがいて、朝はいつもバタバタしていて、寝る前の10分だけが自分の時間」というところまで具体的にすると、急に顔が見えてきます。
平均に寄せるとぼやけて、一人に寄せるとくっきりする。ブランドの言葉が「いいことは書いてあるけれど、心に残らない」ものになるとき、たいてい平均に寄っています。
絞ると届かなくなる、は逆
一人にまで絞ったら、その他の大勢に届かなくなるのではないか。とても自然な不安だと思います。でも実際は、逆のことが起きます。
駅前に「皆さん、ぜひお立ち寄りください」と書かれた看板があっても、たぶん素通りします。自分に言われている気がしないからです。でも「仕事帰りに、少しだけ一人になりたいあなたへ」と書いてあれば、「あ、それ今の私かも」と足が止まる人がいる。
求人でも同じで、「やる気のある人募集」だと誰にも刺さらないけれど、「前の職場で、数字ばかりを追うのに疲れてしまった人へ」だと、「あ、私のことだ」と思う人が出てきます。一人に絞ることは、狭めることではなく、深く届かせるためのやり方です。
その一人は、実際の声から立ち上げる
ただし、この一人は頭の中だけで勝手につくるものではありません。実際にいるお客さんの顔や、話を聞かせてもらったときの言葉。そういう本物の欠片を持ち寄って組み立てていきます。
都合のいい理想のお客さんを空想でつくってしまうと、その人はたいてい現実には存在せず、言葉が上滑りする。ブランドの言葉がどこか他人事に聞こえるとき、原因はここにあることが多いです。
ペルソナは、迷ったときに立ち返る判断の基準
ブランディングのお手伝いをするとき、この一人を描くところに時間をかけます。ロゴをどうするか、どんな言葉を使うか、写真はどういう雰囲気にするか。決めていくときに、はっきりした一人の顔がないと判断がブレるからです。あれもいいな、これもいいな、で、だんだん八方美人になっていく。
でも「この一人だったら、こっちの言葉のほうが響くよね」と話せると、チーム全員が同じ方向を向きます。ペルソナは飾りではなく、迷ったときに立ち返る判断の基準です。正解を一つに決めるためというより、チームやお客様と一緒に同じ人を思い浮かべるために描いています。
そして、ターゲットがいらないわけではありません。地図がないままいきなり一人だけを見ると、その一人だけの偏った話になってしまう。地図があるから安心して一人に近づけるし、一人がいるから地図に体温が通ってくる。この二つは、セットで使うものです。
